東方異聞紺珠伝 第五話

「……変わらないってのは残酷か何か、分からないもんだね。」鉄格子の奥で、深くため息をつく。白い壁、白い床、白い天井、臭気、音、何も脱出した独房から変わりない。

「変わったのは……」

「話し相手が出来た、出来てしまったことくらいか」収容房の中で膝を抱えうずくまる玉兎たちを横目に流す。

「くそがっ!お前と接触した、ただそれだけの理由で、拘禁だ!」胸ぐらをつかまれる。「何が穢れだ!何が地上人だ!私たちと、姿かたちも変わらない、それと接触しただけで拘禁だと!」

結局、あの後このうざったらしい玉兎(事あるごとに自分に突っかかる、手ひどい看守だった玉兎)は、その侵入物の大軍を突破し、合流を果たしたらしい。

「うるさいです。静かにしてくれませんか?」自分と独房を一緒に脱出した玉兎―月華―は静かに、しかしかなりの怒りを湛え、自分たちを見つめる。

「ああ、月華さん。済まない」捕まれた胸倉が解放され、一息つく。

「前に月の都は度し難い……といったかもしれない。しかし、事情も聴かず牢屋にぶち込むのはますます度し難い。同胞にさえそこまでさせる穢れとはいったい何なんだ?」

「……”穢れ”生命の循環。あるいは、生と死そのもの。辞書的な意味で引けばそう言われます。可視化も出来ない、定量的に分析もできない、もしかしたら概念かもしれません。誰が存在を疑わず、触れたものは、もはや内なるものとは扱われない。」

「聞いた限り、呪いの類を疑いたくなるが。」

「かもしれません。」「ですが、少なくとも実在することには確信が持てます。」

「そりゃまたなんで。」

「寿命の違いです。地上人に比べて月人と玉兎は大幅に長く生きます。1000歳、2000歳は標準です。一説によれば、月の都建国時の国祖様はまだ存命しているとさえも言われます。」

「……なるほど。とは言え、納得なんて微塵もできないが」「地上でもそうだが、長生きする人の近くにいれば長生きするわけではない。たとえ穢れを持ったものがいたとて、それが空気を媒介して拡散するとも思えないが」

「地上人そのものが問題なんだよ」玉兎の冷たい声が響き渡る。

「理屈なんてどうだっていい。媒介するかなんて考えるのは無駄だ。地上には穢れが満ちていて、そこに住んでいる奴らは下等生物に決まってる」「だからな地上人。」 「お前が来なければ、こんな事態は起こらなかった。」

かっと頭に血が上る。顔がみるみる熱を持つ。

「……ならば、ここに流れ着かせた世界を恨め」

「違うな」「お前があの災厄を呼んだ」

「信じるに足る説明もなしに納得はできない」揺れる声で、言い返す。

「理由なんていらない」 「お前が納得するかなんて知ったこっちゃない」 「地上人が来たから、穢れが持ち込まれ、あの惨劇が起きた。」「それが絶対の真実だ。」

「この!―」

「やめてください!」月華が、吠えるように声を張る。

「地上人さんが流れ着いた事と、留置所での惨劇に、因果関係は証明されていません。」 「”絶対の真実”なんて言葉は、月の都を発展させてきた科学に唾吐く言葉です」

「……そうなんだろうな。真実が理解できないやつに、いくら啓蒙しても無駄だ」玉兎は吐き捨て、そっぽを向く。

沈黙が垂れ込める。

帰還を(建前上にしても)あっせんする組織が襲撃を受け、壊滅してしまった以上、自分のこの月の都での生活は短期間といえどもあるということだ。だが、”もはや内なるものとは扱われない”その言葉が示すところは、彼女たちもまた、情勢が落ち着いたら地球か、宇宙へへと追放されるということだ。当然ながら、自分のわずかな地球の記憶の中でも、頭に兎耳がついた人間なんてコスプレ以外で見たことがない。しかもそんな死体が見つかったら大騒ぎだ。では、兎に姿を変えられるとすれば?少なくとも兎の耳がついてるあたり、遺伝子的には兎も多少入っているだろう。兎の耳を移植できる技術があるなら、医療技術も発展していて不可思議ではない。兎なら多少死体があって不可解でも、珍しいこともあるもんだで終わる。生きたままだとしても、地球の人類が確実に元玉兎だと見抜けるわけもない。意思疎通なんて当然できない。宇宙に追放なんてされたら、そんな高等生物でもひとたまりもない。

自分は?まさか、身内を身内とも思わないやつらが無事で済ませるわけもないだろう。死ぬためにいる者たち。そんな言葉が頭に浮かんだ。鉄格子を握りしめ、低くつぶやく。

「俺は、死を待つ丸太ん棒か」

作者メッセージ
恐怖!逃げた先が逃げたところと変わらない!発狂もんですねぇ。いやよいやよも好きのうちとか黙ってろって感じです。次の話はもっとダークです。死を待つ丸太ん棒はどうなるのか。ぜひ見ていってください。